繰り返されてはならない薬害や医療過誤

戦後だけを見ても数えきれないほどの薬害や医療過誤事件が発生していますが、その多くは国・厚生労働省の不作為や対応の遅れが被害を拡大させていることは間違いありません。

本項では過去の主な薬害や医療過誤事件を振り返りつつ問題点を検証しました。

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過去の主な薬害や医療過誤事件にはどんな事件がありますか?

戦後だけを見ても過去に薬害や医療過誤事件は数えきれないほど起こっています。

例えば、身近な外科手術に於いても手術ミスなどの医療過誤事件は、程度の差はあるにせよ日常的に起きている筈です。また、薬の処方の間違いや麻酔薬の不適切な使用なども日常的に起きています。

さらに、医師や病院がもみ消し患者が気付かない薬害や医療過誤事件も少なくない筈ですが、ここでは戦後に於ける4つの重大薬害事件を検証してみたいと思います。

その4つの薬害事件は以下の通りです。

①サリドマイド薬害事件 (1957年~1962年)

サリドマイドは鎮静・睡眠薬やつわりの治療薬として世界の40カ国以上で販売された薬ですが、この薬を妊娠初期に服用すると胎児の手 ・足・耳・内臓などに奇形を起こしました。

この様なサリドマイド被害者であるサリドマイド児は世界で数千人~1万人と言われ、日本では約千人の胎児が被害にあったと推定され生存した309人の被害者が認定されています。

②スモン病事件(1960年代)

スモン病の原因とされたキノホルム剤は戦前から国内外で生産されていましたが、その用途は外用消毒とアメーバ赤痢治療(内服)に限られ生産量も少ない薬でした。

ところが、戦後日本国内ではキノホルム剤を整腸剤として通常の下痢などの消化器症状まで適応が拡大され、1日の投与量や投与期間についても制限がゆるめられました。

しかし、キノホルム剤の服用者に脊髄炎・末梢神経障害のため下肢対麻痺に陥る例が多発しました。日本国内で1万人以上に神経障害患者が発生し全国各地で裁判が起こされ、その結果、明らかな薬害として国と製薬企業の責任が認められました。

1970年9月7日の中央薬事審議会は「スモン発症に対してキノホルムが何らかの要因になっている可能性を否定できない」として、販売中止・使用見合わせを答申し厚生省はそれに従い翌日9月8日にキノホルムのわが国における製造販売および使用停止を決定しました。

その結果、翌1971年の患者発生数は激減し1972年以降わが国では4例のスモン患者が報告されているに過ぎません。キノホルムについては一日の投与量が多い場合の毒性を危惧する文献は戦前すでに発表されていました。

それにもかかわらず、副作用文献をきちんと検討することなく劇薬指定をはずし、適応症をアメーバ赤痢という特殊な疾患から一般的な下痢症状まで拡大したことは厚生省の大きな汚点と言えます。

③薬害エイズ事件(1989年-1996年)

薬害エイズ事件は血友病の治療に用いる血液製剤がウィルスで汚染されている恐れがあるという指摘が無視され、多くのHIV感染者を出した記憶に新しい薬害事件です。

薬害エイズ事件では1980年代に主に血友病患者に対し加熱などでウィルスを不活性化しなかった血液凝固因子製剤(非加熱製剤)を治療に使用したことにより、多数のHIV感染者およびエイズ患者を生み出しました。

非加熱製剤によるHIV感染の薬害被害は世界的に起こりましたが、日本では全血友病患者の約4割にあたる1,800人がHIVに感染しうち約600人以上が死亡したと言われています。

④薬害肝炎事件(1998年~2008年)

薬害肝炎事件は止血目的で投与された血液製剤(血液凝固因子製剤=フィブリノゲン製剤)によるC型肝炎(非A非B型肝炎)の感染被害を指します。

1987年前後に使用したと疑われる元患者らがC型肝炎を発症したことから、1998年に「ニュースJAPAN」が「薬害」疑惑として追跡報道を始め2004年になって製薬会社ミドリ十字(現田辺三菱製薬)が事実を認めました。

フィブリノゲン製剤の推定投与数は約29万人であり推定肝炎発生数は1万人以上と試算されています。

主な薬害や医療過誤事件の問題点は何でしょうか?

上記の戦後に於ける4つの重大薬害事件に共通して言えることは、薬害被害者が発生しているにも関わらず国・厚生省が適切な対応をしなかったということです。

以下の一覧表は4つの重大薬害事件の日本での使用承認販売開始時期・初の危険性予知警告時期・回収販売停止時期・対処の遅れをまとめたものです。

薬害事件名 日本での使用承認 危険性予知・警告時期 日本での措置時期 対処の遅れ
サリドマイド 1958年1月 1961年11月 1962年9月(回収開始) 約10ヶ月
スモン 1929年(内用開始) 1935年 1970年9月(販売停止) 約35年
薬害エイズ(第Ⅷ因子製剤) 1978年(承認) 1982年7月(CDCの報告) 1985年7月(加熱製剤承認) 約3年
薬害エイズ(第Ⅸ因子製剤) 1972年(承認) 1982年7月(CDCの報告) 1985年2 (加熱製剤承認) 約3年5ヵ月
薬害C型肝炎(フィブリノゲン 製剤) 1964年(承認) 1963年(内藤論文) 1998年(適応限定) 約5年
薬害C型肝炎(第Ⅸ因子製剤) 1972年(承認) 1963年(内藤論文) 1985年(加熱に切換) 約22年

これを見ますと、サリドマイド薬害事件の対処の遅れは約10ヶ月ですが、薬害エイズ事件で約3年~3年5ヵ月、薬害C型肝炎では約5年~約22年、スモン病事件に至っては約35年となっています。

つまり、国内外で危険性予知や警告がなされても、上記の期間、当時の厚生省は何も対策を打たなかった訳です。

どうして何もしなかったのでしょうか?

そこには、官僚の一度承認した薬を取り下げることに対する抵抗感や役人特有の前例踏襲主義があったと考えられます。また、政官業の癒着のトレイアングルの中で、厚生省と製薬業界やそれらを取り巻く御用学者との癒着体質があったことも原因の1つです。

これらの厚生省役人の不作為により多くの国民が薬害を受けたことを、国・厚生労働省はもっと重く受け止めるべきです。

今後の課題は何でしょうか?

上記の4つの重大薬害事件と集団予防接種・ツベルクリン反応検査により40万人から45万人がB型肝炎に感染した事件の根っ子は同じです。

ただ、B型肝炎感染事件は薬害ではありませんから薬害事件には数えられていませんし医療過誤事件とも言われていませんし、そもそも、事件とも呼ばれていません。

しかしながら、B型肝炎感染事件は4つの重大薬害事件と同様に、厚生省役人の不作為により多くの国民が薬害を受けました。

その被害者の数は現在に於いても確定しておらず、今後の推移如何では戦後最大の医療過誤事件となるかもしれません。

B型肝炎訴訟に於いては、すでに、国・厚生省は1940年代からイギリス保健省が血清肝炎(B型肝炎)の感染と注射器の関係を指摘したのを知っていたことが明らかになっています。

つまり、1988年に国・厚生省は集団予防接種・ツベルクリン反応検査の注射筒を交換するよう自治体に通達を出しましたが、少なくともそれまでの48年間に渡り国・厚生省は具体的な指示を出しませんでした。

そこで、今後の課題として私達患者被害者が望むことの1つ目は、薬の認可と認可の取り消しの判断の迅速化です。

過去の4つの重大薬害事件を見るまでもありませんが、厚生労働省の対応の遅れが被害者増につながっていることは明白です。

私達患者被害者が望むことの2つ目は専門家からなる外部の第三者機関を作ることです。

薬害事件の訴えに対し外部の第三者機関が判断し厚生労働省に諮問するシステムを作ることです。過去も将来も私達患者被害者は厚生労働省を信頼できないからです。

また、3つ目として、厚生労働省担当者の刑事訴追を可能にするシステムを作り上げることです。過去の4つの重大薬害事件に於いても、厚生労働省担当者の刑事訴追は中途半端に終わっています。

もともと、国家公務員には担当業務の権限が認められていますが、権限に見合う責任追及は余りなされていません。今後は厚生労働省の官僚のみならず官僚の刑事訴追を可能にするシステムを作り上げることで、官僚の不作為事件を限りなく減らす努力が求められます。

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      2016/08/13

 - エピローグ

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