B型肝炎訴訟和解「基本合意書」の意味

B型肝炎訴訟の「基本合意書」の意味について解説します。基本合意書では、「国の責任を認め謝罪すること」「和解の手続と内容」「後続訴訟の扱い」「恒久対策」を定めています。詳しい解説はのちほどしますが、まずは過去の薬害訴訟についてみてみましょう。

B型肝炎訴訟の基本合意書

過去の薬害訴訟との関係

過去の薬害訴訟と「B型肝炎訴訟」の関係はあったのでしょうか?

過去、我が国では戦前・戦後を通じて様々な薬害事件や事件に伴う訴訟が提訴されています。しかし、戦前は勿論のこと戦後の自民党政権や厚生省は、国や役所の行政責任を認めたことはありませんでした。

薬害エイズ事件がB型肝炎訴訟和解につながる

また、責任を認め被害者に謝罪したこともありませんでした。この様な国や厚生省の姿勢に初めて変化が見えたのは1996年の「薬害エイズ事件」の和解からで、この和解が後に「B型肝炎訴訟」の和解に繋がっていきます。

1996年の「薬害エイズ事件」当時の厚生省のトップである菅直人厚生大臣は、薬害エイズ被害者に謝罪し和解案が合意されました。既に「B型肝炎訴訟」は1989年に札幌市の5人のB型肝炎感染者が札幌地裁に国家賠償を求めて提訴していましたから、1996年の「薬害エイズ事件」の和解が「B型肝炎訴訟」「C型肝炎訴訟」の和解に影響を与えた可能性は多いにあると言えます。

時系列的に見ると以下の順に和解や救済法が成立しています。

  • 1996年「薬害エイズ事件」和解
  • 2007年「C型肝炎訴訟」和解
  • 2008年「薬害肝炎救済法」(C型肝炎)成立
  • 2011年「B型肝炎訴訟」和解「基本合意書」締結

そして、この様な国や厚生省の変化に当時の政治情勢が影響を与えたことも事実です。

1993年に戦後初めて1955年以来となる非自民党の細川内閣が発足しました。その後、羽田内閣を経て1994年には自民・社会・さきがけ連立の村山内閣が発足し、1996年には同じく自民・社会・さきがけ連立の橋本内閣が発足しました。

つまり、1993年に下野した自民党は、1955年以来の政策に対する国民の批判に対しての改善を求められた訳です。その様な時代に橋本内閣に菅直人厚生大臣が誕生しました。

菅直人大臣がB型肝炎訴訟へと導く

新党さきがけの菅直人厚生大臣は、特に薬害問題に注力し「薬害エイズ事件」を和解に導きました。市民政治家出身の菅直人厚生大臣は薬害問題に苦しむ被害者救済と、過去の自民党政権や厚生省の不作為は暴くことに精力を注ぎました。

その後、月日は流れましたが、民主党政権時代となり内閣総理大臣となった菅直人が、2011年6月のB型肝炎訴訟和解と「基本合意書」を導いたのは偶然ではありません。

2011年6月28日には菅直人首相の謝罪会見が行われました。菅直人総理大臣や民主党政権に対して「政権を取っても何もできなかった」という根強い批判がありますが、「B型肝炎訴訟」については良くやったと患者被害者は思っています。

少なくとも自民党政権においては、もっと、和解が遅れたのではないでしょうか。

只、「薬害エイズ事件」は被害者の救済と関係者の刑事的な責任が追及されたのに対して、「B型肝炎訴訟」とC型肝炎の「薬害肝炎訴訟」は、被害者の救済は行われていますが関係者の刑事的な責任が追及されていません。

たとえ、時効の関係で裁判上の刑事責任追及は無理でも、真相の解明をして公表することが今後の課題と言えます。

 

B型肝炎訴訟和解「基本合意書」の意味

それではB型肝炎訴訟和解「基本合意書」には、一体どんな意味があるのでしょうか?

もともと、1989年に5人のB型肝炎患者が札幌地裁に国を提訴したのが「B型肝炎訴訟」の始まりでした。2006年6月に最高裁判決で原告5人全員の勝訴が確定しましたが、国は原告5人についての責任しか認めませんでした。

そこで、全国各地で同様の提訴が相次ぎました。

その結果、2010年5月より札幌地裁で、全国の原告および将来提訴原告を対象とした和解協議が全国原告団と国との間で始められました。その時点で全国から提訴した原告の数は700名を超え、千数百名の患者が訴訟の準備を行っていました。

原告団と厚生労働省の和解協議は紆余曲折を経て、2011年5月13日に札幌地裁の和解所見を原告・国双方が受諾することを正式に発表しました。

これらを受け、2011年6月28日に菅直人内閣総理大臣の正式な謝罪を受け、「基本合意書」が国と全国原告団との間で正式に調印されたのです。したがって、B型肝炎訴訟和解「基本合意書」で総理大臣が謝罪したことは、患者被害者にとっては大きな意味があります。

「薬害エイズ訴訟」「C型肝炎訴訟」に続き国と厚生労働省が過去の不作為の責任を認め謝罪したことには大きな意味があり、今後の行政に生かされる筈です。

しかしながら、「B型肝炎訴訟」の刑事責任追及はおろか、過去の厚生省の怠慢や不作為に対する道義的な責任の追及もなされていません。

国と厚生労働省は患者被害者に対し過去の責任を認め謝罪しながらも、和解の条件として裁判で提訴することを求めています。つまり、提訴という高いハードルを設定して、将来的に和解に至る人数を絞ろうとしているのは明白です。

実際に提訴するには、B型肝炎訴訟の被害者であることを証明する膨大な資料を提出しなければなりません。特に、B型肝炎から肝硬変や肝臓癌に進行した患者被害者にとっては、提訴のための資料の準備は大きな苦痛となっています。

つまり、国や厚生労働省の患者被害者に対するホスピタリティーの精神は皆無で、「提訴し資料が揃っていれば和解してあげる」という上から目線に変化は見えません。

 

B型肝炎訴訟和解「基本合意書」の内容

それでは「基本合意書」の内容には、どのようなことが盛り込まれているのでしょうか?

「基本合意書」には「国の責任を認め謝罪すること」「和解の手続と内容」「後続訴訟の扱い」「恒久対策」を定めています。

以下、「基本合意書」のポイントを箇条書きにします。

  1. 集団予防接種等の実施に際し注射器等の連続使用が行われたことにより、多数の被接種者にB型肝ウイルスが感染した。
  2. このB型肝ウイルス感染は国がその被害の発生・拡大を防止しなかったことにより起きた。
  3. この感染被害について国が損害賠償責任を負うべき場合のあることは、最高裁判所2006年6月の判決によって明らかにされている。
  4. 国は2006年6月の最高裁判決は5名の原告に限定されるとしたが、全国の感染被害者及びその遺族が国家賠償請求訴訟を提訴し2011年5月の札幌地裁の和解所見を原告・国双方が受諾した。
  5. 訴訟により和解するには以下の資料を示し手続する。
    1.B型肝炎に感染していることを示す血液検査データ 2.7歳になるまでに集団予防接種等を受けたことを証明する資料 3.病院での医療記録 4.母子感染ではないことを示す医療記録 5.肝癌・肝硬変の場合はそれらを示す検査データ
  6. 和解の手続
  7. 和解金額
死亡・肝癌・肝硬変(重度) 3,600万円
肝硬変(軽度) 2,500万円
慢性肝炎 1,250万円
無症候キャリア 600万円
発症後提訴までに20年経過した場合 50万円~300万円

以上、「基本合意書」のポイントを箇条書きにしましたが、実際の「基本合意書」は上記のポイントについて全14ページに渡り事細かに記載されています。

現在もこの「基本合意書」に基づき和解交渉が行われています。

おすすめB型肝炎訴訟弁護士ランキング

ベリーベスト法律事務所

弁護団に加盟している弁護士事務所ではありませんが、B型肝炎訴訟の実績は非常に多い事務所です。相談から調査、着手してもらうところまで無料で、スムーズに進めてもらうことができました。よくわからない場合には給付金診断チェックをしてもらい、まずは提訴できるのかどうかを調べてもらってください。

弁護士費用 実質負担・給付金額の10%+5万円

      2016/05/17

 - B型肝炎訴訟の全て

私が依頼した弁護士事務所
B型肝炎給付金無料診断中